高齢者虐待の現状と高齢者虐待防止法とは?虐待の原因や対処法も解説
高齢者に対する虐待件数は近年増加しており、大きな問題となっています。超高齢社会である日本で生活する上で、高齢者虐待の現状や原因、対策について正しく理解することが不可欠です。今回は、高齢者虐待の種類や現状、原因や高齢者虐待防止法について詳しく解説します。高齢者虐待防止に向けた取り組みについてもご紹介しているため、ぜひ参考にしてください。
高齢者虐待とは
高齢者虐待とは、高齢者に対する虐待行為のことを指します。高齢者のご家族や介護職員による虐待事件はあとを経たず、ニュースでもたびたび取り上げられており、深刻な社会問題になっています。日本では高齢化によって要介護者が増加し、高齢者虐待も増加しているのが現状です。
高齢者虐待の増加を受け、平成17年に「高齢者に対する虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」(以下、高齢者虐待防止法)が成立、平成18年4月1日から施行されました。
高齢者虐待法における高齢者虐待の種類
高齢者虐待防止法では、高齢者虐待を以下の2つに分けています。
養護者による高齢者虐待:高齢者のお世話をしているご家族、親族、同居人など
養介護施設従事者等による高齢者虐待:介護老人福祉施設、居宅サービス事業等の業務に従事する者
また、虐待の種類としては、以下の5つの種類を挙げています。
身体的虐待
心理的虐待
介護放棄(ネグレクト)
性的虐待
経済的虐待
虐待と言うと、身体への暴力行為を想像する方も多いでしょう。しかし、上記のとおり、精神的にダメージを与えたり、高齢者の尊厳を不当に傷つける行為も虐待に該当します。気づかないうちに虐待に該当する行為をとってしまっていた、という事態に陥らないよう、まずは虐待の種類について理解しましょう。
なお、高齢者虐待防止法では、当事者の虐待に対する自覚の有無は問いません。客観的に、高齢者の権利が侵害されている状態であると判断される場合は、虐待の疑いがあるとして対応すべきとされています。
身体的虐待
身体的虐待は、高齢者に対して暴力を振るう、身体に痛みを与えるといった、身体にダメージを与える行為のことです。威嚇や脅迫による行動や言動を制限・強制、やむを得ない場合を除く身体拘束なども身体的虐待に該当します。
身体的虐待の例は、以下のとおりです。
殴る
蹴る
やけどさせる
無理矢理ご飯を食べさせる
薬を過剰に服用させる
心理的虐待
身体的虐待だけでなく、精神的にダメージを与える心理的虐待も問題視されています。心理虐待は、高齢者に対する暴言や侮辱的な発言、無視、嫌がらせなど、高齢者に精神的な苦痛を与える行為のことです。
何かを失敗したことを馬鹿にしたり、他者に言いふらして嘲笑したりといった行為が該当します。子どものような扱いをして高齢者の尊厳を踏みにじることも、心理的虐待の1つです。
心理的虐待の例は、以下のとおりです。
怒鳴る
威圧的な態度で接する
馬鹿にする
無視する
子どものように扱って侮辱する
介護放棄(ネグレクト)
介護放棄(ネグレクト)は、身のまわりのお世話や必要な介護を放棄し、高齢者の生活環境や身体・精神的状態を悪化させる行為のことです。たとえ意図的でなかったとしても、結果的に生活環境や身体・精神的状態を悪化させてしまった場合は、すべて介護放棄に該当します。
介護放棄の例は、以下のとおりです。
入浴をさせず、不衛生なまま放置する
掃除を行わず、劣悪な環境のまま放置する
十分な食事や水分を与えない
必要な介護・医療サービスの利用を不当に制限する
性的虐待
性的虐待は、高齢者にわいせつな行為や性的に辱めを与えるような行為をしたり、性的暴力を振るったりすることです。介護では、入浴介護や排泄介護など、裸の状態の高齢者と接する場面も多いため、性的虐待につながってしまうケースがあります。
性的虐待の例は、以下のとおりです。
性的な行為を強要する
卑猥な言動で尊厳を踏みにじる
服を着させず放置する
経済的虐待
経済的虐待は、本人の同意なく財産を勝手に処分したり、不当に利益を得たりすることです。判断能力が不十分で、高齢者自身で資産管理を行えなくなった場合、ご家族が代わりに管理を行うケースも多いでしょう。その際に、本人の許可なくお金を使ったり、資産を売却したりする行為は、経済的虐待に該当します。
経済的虐待の例は、以下のとおりです。
許可なく高齢者の財産(貯蓄や年金など)を使用する
許可なく資産を売買して利益を得る
高齢者にお金を渡さない
高齢者虐待の3つの程度
東京都福祉保健局は、高齢者虐待の程度を以下の3つに分類しています。
緊急事態
要介入
要見守り・支援
ここでは、それぞれの程度について解説します。
参考:東京都福祉保健局「高齢者虐待防止と権利擁護」
緊急事態
緊急事態とは、暴力によって身体を痛めつけられていたり、衰弱していたりと、高齢者の命に関わる重大な状態であることです。虐待の程度が緊急事態であるとみなされると、一刻も早く介入し、高齢者を保護することが求められます。
要介入
要介入とは、現在の状態を放置しておくと、将来的に高齢者の心身の状況に重大な影響が生じる可能性が高い状態のことです。具体的には、介護放棄や、経済的虐待が発生している状態のことを指します。
緊急事態と要介入は、客観的に見て明らかに虐待であると判断できる状態であり、当事者の自覚の有無にかかわらず、専門職による介入が必要です。
要見守り・支援
要見守り・支援とは、身体的虐待や心理的虐待と捉えられる可能性がある行為が発生しているものの、高齢者の心身への影響が部分的であるか、顕在化していない状態のことです。介護に関する知識不足やストレスにより、不適切なケアになってしまっているケースが多く見られます。
要見守り・支援は、虐待であるか否かの判断に迷う段階であるものの、放置してしまうと危険な状態に陥ってしまう可能性があります。そのため、当事者の支援や介護サービスの見直しなどが必要です。
高齢者虐待の現状
高齢者虐待の件数は、近年増加傾向にあります。
厚生労働省は、要介護施設従事者等(介護老人福祉施設、居宅サービス事業等の業務に従事する者)と養護者(高齢者のお世話をしているご家族、親族、同居人など)それぞれによる、高齢者虐待の相談・通報件数と、虐待判断件数の推移を公開しています。
平成29年度から令和3年度までの5年間のデータは以下のとおりです。
要介護施設従事者等 | 養護者 | |||
---|---|---|---|---|
相談・通報件数 | 虐待判断件数 | 相談・通報件数 | 虐待判断件数 | |
平成29年度 | 1,898 | 510 | 30,040 | 17,078 |
平成30年度 | 2,187 | 621 | 32,231 | 17,249 |
令和1年度 | 2,267 | 644 | 34,057 | 16,928 |
令和2年度 | 2,097 | 595 | 35,774 | 17,281 |
令和3年度 | 2,390 | 739 | 36,378 | 16,426 |
出典:厚生労働省「令和3年度『高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果』」
このように、一部減少している年度はあるものの、全体的に増加傾向にあることがわかります。また、家族や親族など、養護者による虐待件数が多いことが読み取れます。
高齢者虐待が起こる原因
高齢者虐待は、様々な要因から発生しています。ここでは、在宅介護と介護施設それぞれについて、高齢者虐待が起こる原因を解説します。
在宅介護
在宅介護でご家族が虐待をしてしまうケースでは、以下のような理由が考えられます。
介護に対するストレス
経済的困窮
介護に対する十分な知識不足
よく挙げられるのが、介護に対するストレスです。介護は、身体的・精神的に負担がかかることが多く、思いどおりにいかないことも少なくありません。何度同じことを言っても理解してもらえず、言うことを聞いてもらおうと思わず叩いてしまったり、ストレスから暴言を吐いてしまったりする可能性があります。また、介護疲れからうつ状態になってしまい、介護を放棄してしまう、というケースもあります。
また、経済的に困窮して必要な介護サービスを利用できなかったり、高齢者の資産を勝手に使ってしまったりする場合もあります。特に、在宅介護のために休職・退職せざるを得ず、それが原因で経済的困窮に陥ってしまうケースが問題視されています。
さらに、介護に対する知識が不足しており、必要な介護や十分なお世話を行えないという場合もあります。
高齢者虐待と聞いて、思わず介護者の人間性を疑う方もいらっしゃるでしょう。もちろん高齢者虐待は許されない行為ですが、その背景には介護者の精神的疲労や経済的困窮など、様々な事情が隠れている可能性があります。
介護施設
介護施設で虐待が起こることもゼロではありません。スタッフが虐待をしてしまうケースでは、以下のような理由が考えられます。
スタッフの知識・モラル不足
過酷な労働環境によるストレス
介護施設では、スタッフの知識やモラルが不足しており、虐待につながってしまうことがあります。意図せず高齢者に苦痛を与えてしまっているケースも否定できません。
また、過酷な労働環境からストレスが溜まり、暴力や暴言などの虐待行為をはたらいてしまう可能性もあります。特に、介護施設では人材不足が深刻化しており、スタッフ1人あたりの労働負担が増加していることが問題視されています。そのストレスから虐待が起こってしまっているという事実も看過できません。
高齢者虐待の防止策
高齢者虐待防止法では、高齢者虐待の防止や養護者に対する支援の重要性に関して、国民が理解を深めることを努力義務としています。そのため、高齢者虐待防止に向けた取り組みについて理解することが大切です。
ここでは、高齢者虐待の防止に向けて私たちが取り組むべき対応を3つご紹介します。
迅速に市町村へ通報する
速やかな初期対応を行う
日常的に高齢者虐待に向けた取り組みを行う
迅速に市町村へ通報する
高齢者虐待を発見した場合は、迅速に市町村へ通報する必要があります。虐待という確証が掴めず、通報をためらってしまうケースもありますが、見逃すと高齢者の命に関わる重大な事態に発展してしまうリスクがあります。そのため、虐待が疑われる場合は、速やかに市町村に通報しましょう。その後の事実確認や対応は、市町村や地域包括支援センターが行います。
速やかな初期対応を行う
高齢者虐待を発見した場合は、通報だけでなく、初期対応も重要です。高齢者の安全確保を最優先とし、高齢者の身体・精神状況を把握し、必要なケアを行う必要があります。
介護事業所で虐待が発生した場合は、原因の分析や再発防止に向けた対策について検討することが必要です。
日常的に高齢者虐待に向けた取り組みを行う
そのほか、高齢者虐待について理解したり、介護に関する正しい知識を身につけたりといった、日常的な取り組みも欠かせません。介護で困った際に相談できる先を把握しておくことも大切です。
介護に関する相談窓口としては、以下のような選択肢があります。
各市区町村の役所
地域包括支援センター
医療機関の相談室
居宅支援事業所
ボランティア団体
家族会
特に、地域包括支援センターは、介護に関する総合的な窓口として、高齢者やご家族の暮らしを支援するための施設です。福祉の専門家が在籍しており、全国各地に設置されています。お近くの地域包括支援センターについて調べておくことがおすすめです。
まとめ
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有料老人ホームで介護士として約12年勤務した後、社会福祉士を取得。急性期病院の医療ソーシャルワーカーとして、入退院支援に携わる。現在は、スマートシニア入居相談室の主任相談員として、多数のご相談に応じている。